深夜。寝台に腰掛けたアイーシャの膝枕に頭を預け、エシャールは耳を澄ませていた。
 打ち寄せる波の音と、アイーシャの心音、お互いの呼吸。
 静寂の中耳を澄ませば、これだけの音が聞こえるのだ。だがそれは、決して耳障りではなく、窓の外で降る雪と一緒に、エシャールを優しく包んでくれる。
「まだ赤ん坊は動かぬのか?」
 アイーシャのおなかあたりにピタリと耳をあてる。髪を撫でていたアイーシャはクスッと笑った。
「まだまだ。氷の月くらいになったらわかるのよ?」
「話しかけたら動かぬかな」
「まあ。せっかちなおとうさまね…」
 一日の終わりに、アイーシャの膝枕でゆっくりと言葉を交わすのがふたりの最近の日課だ。特にアイーシャが懐妊したとわかってからは、エシャールはこの時間をとても大切にしていた。
 日々自分の身体が変化していくことにアイーシャが怯えたり、不安になったりせぬように。亡くなった母はエシャールを含めて5人の子供を出産したが、やはり毎回気持ちが不安定だったことをうっすらと覚えていたから。
 そして何より、ふたりきりで過ごす時間は大切にしたい。執政官となった以上、これまでのようにアイーシャ最優先というわけにはいかない。アイーシャももちろんそれをわかってくれているのだが、毎朝食堂で別れる時の寂しげな表情は隠せない。
「まさかそなたの名前が古代語だとは思わなかったな、アイーシャ」
「ええ。…顔もほとんど覚えていないような両親がつけてくれた名前に助けられるなんて…」
「古代語はさすがに勉強しなかったからな…。生まれて来る子の名前も古代語にするか…」
 就任式などの儀式を終えて少し落ち着いたら、ゼニスに古代語の書物を用意させようと密かに思うエシャールだった。
「いよいよ明日だな、アイーシャ。そなたがこの世のすべてに祝福されて、海の執政官家に嫁ぐ日だ。この世でただひとりの、私の最愛のひとよ…」
「あなた…」
 エシャールはゆっくりと起き上がってアイーシャに口づけた。大切な宝物に触れるように、そっと。
 愛しさは日に日に増していく。こんな気持ちはこれまで味わったことがない。間違いなくアイーシャは、自分にとって運命の女性なのだと思う。
「さあ、寝ようか。明日は忙しいぞ」
「はい…。おやすみなさい」
「おやすみ…」
 アイーシャの身体に無理をさせないように、横向きに寝かせる。そして背中から抱きしめる。最近はずっとこの状態で眠っている。エシャールの腕が前に回されると、その手を握ってアイーシャは目を閉じる。
 雪は、夜更け過ぎまで降り続いていた。
Secret

TrackBackURL
→http://kaiserkirihara.blog33.fc2.com/tb.php/277-aa9e96c1
Copyright ©K's Factory All Rights Reserved.
material by b-cures. template by テンプレート配布 lemon lime