酒場を出た彼は、夜風の中をゆっくりと歩いていた。
急ぐわけでもなく、足音も立てず滑るような足取りで。
 口許には軽い笑み。そこだけ空気が違うようにさえ見える。
 やがて曲がり角まで来たところで、彼は足を止めた。
「アイーシャ?」
 すると陰から、剣を抱えた少女が不満そうに出てきた。
そして剣を投げ渡す。
「どういうつもりよ、エシャール」
「どういうつもりとは?」
 エシャールと呼ばれた彼は、投げ渡された剣を腰に提げながら
軽く笑う。銀の鎖がシャラリと音をたてた。
「毎晩毎晩酒場に通って。大事な剣アタシに預けてさ」
 エシャールはアイーシャの陽に焼けたような赤い髪を
くしゃりと撫でた。
「酒場に剣は要らぬ。それに、お前のような子供を連れていく
 わけにもいくまい?」
「そんなこと言ってるんじゃないでしょ?アタシはっ…」
 まだ不満を言い続けようとするアイーシャに、エシャールが
右手を差し出した。
「もういいではないか。夕飯の支度はできているのだろう?
 さ、帰ろう」
 その微笑みがあまりに美しくて、差し出された右手があまりに
優しくて、アイーシャは何も考えずに手を伸ばした。
 夜風は、エシャールの手のように優しかった。
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