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2006.08.01
蒼の都の物語・300
エシャール達を見送ったセルディアスは、天帝の寝室に来ていた。案の定天帝は寝台に腰掛けて考え事をしていた。
「帰ったか、皇子は…」
「はい。お帰りになりました」
「そうか…」
それっきり、天帝は喋らなくなった。寝台に横たわってしまった天帝に、セルディアスが話しかける。
「生き写しでいらっしゃいましたね」
「…アイーシャのことか」
「はい。…だからあの時、言葉を失われたのでしょう?陛下…」
天帝は何度か寝返りをうち、ようやく起き上がった。
「聖女の名を持つ女性を伴侶に選ぶとはな…。しかも…生き写しの女性を…」
「私も言葉を失いました。あの御方に…あまりにも似ておいでで…生まれ変わられたのかと…」
「…生まれ変わることはあるまいが…アイーシャを愛して、いつかあれが皇子の記憶を取り戻した時、それが更なる試練となるのかもしれぬな。至上はどこまでも皇子を苦しめたいらしい。予の言い分など…聞き届けてもいただけぬ…」
「陛下が御跡目を譲られるまで続くのでしょうか…」
セルディアスに視線を移し、天帝は諦め切った溜息をついた。
「わからぬ…跡目を譲っても、あれの試練は続くだろう。…長い時を生きるというのは、それだけであれにとっては試練だ。それだけは味わわせたくなくて…跡目を譲る気はないと至上に奏上してはいるのだが…結局、至上のなさることに逆らうことはできぬ。全く、無力な父親だな…」
「陛下、そのようなことは…」
「しかし…」
セルディアスにそれ以上言わせず、天帝は笑い出した。
「やはり食ってかかってきおったな、皇子は。…ひとつも変わっておらぬではないか…」
「ならば何のための天帝か!…これもよく陛下におっしゃっていましたね、殿下は。…お諌めするのは私のお役目で…」
「そちがお控えなさいませと言ったら黙るのもな…。何一つ変わっていなくて、懐かしくてたまらなんだ。皇子と言い合いになるとそちが駆け込んできて…。だがいつも、皇子はそちの言うことだけは聞いていたな。予の言うことなど絶対に聞かぬくせに。そちに言われていたことは、身体が覚えているのだろうか…」
「それならいずれ陛下…お父上様のことも、思い出されますでしょう。お母上様に生き写しの方を奥方様にしておられるのですから…」
天帝は哀しげに微笑んだ。
「思い出さなくてよい。予のことを思い出せば…皇子は恐らく、壊れる…」
「陛下…」
「我が子が…たったひとりの息子が壊れるところなど、誰が見たいものか。…あれに跡目を譲らぬうちは、あれがすべてを思い出すこともあるまい。第一、あれは真の名を賜るまで、聖都にはもう来ぬであろう。それでよい。あれが今も…予や聖都をよくは思っていないことはよくわかった。それでよいのだ。天上のあやつも…許してくれよう…」
聞いているのがあまりに切なくなって、セルディアスはカーテンの中に入り、天帝を背中から抱きしめた。
「生きて…幸せでいてくれればそれでよい。予のことなどかまわぬ。海の民に愛される執政官として生きてくれればそれで…。わかってくれるな、セルディアス。予にとって、今は皇子の幸せがすべてなのだ…」
「わかっております。御意のままに、陛下…」
天帝が下がれと手で示す。セルディアスは頭を下げたままカーテンから外に出た。天帝が立ち上がり、白夜の剣を腰に提げたのが見えた。まだ執務をするつもりらしい。
「真の名を奏上してくる。海の執政官のな。…形だけでも奏上しておかねば、至上の機嫌を損ねよう…」
「かしこまりました。私は見習い達の教育にあたっておりますゆえ、何かございましたら…」
「ああ、わかった」
天帝は枕元に置いていた帝冠を頭に載せて、奥の扉から出ていった。複雑な気持ちで見送っていたセルディアスだったが、いつもより天帝の機嫌がよかったことに安堵して、寝室を後にした。
「はい。お帰りになりました」
「そうか…」
それっきり、天帝は喋らなくなった。寝台に横たわってしまった天帝に、セルディアスが話しかける。
「生き写しでいらっしゃいましたね」
「…アイーシャのことか」
「はい。…だからあの時、言葉を失われたのでしょう?陛下…」
天帝は何度か寝返りをうち、ようやく起き上がった。
「聖女の名を持つ女性を伴侶に選ぶとはな…。しかも…生き写しの女性を…」
「私も言葉を失いました。あの御方に…あまりにも似ておいでで…生まれ変わられたのかと…」
「…生まれ変わることはあるまいが…アイーシャを愛して、いつかあれが皇子の記憶を取り戻した時、それが更なる試練となるのかもしれぬな。至上はどこまでも皇子を苦しめたいらしい。予の言い分など…聞き届けてもいただけぬ…」
「陛下が御跡目を譲られるまで続くのでしょうか…」
セルディアスに視線を移し、天帝は諦め切った溜息をついた。
「わからぬ…跡目を譲っても、あれの試練は続くだろう。…長い時を生きるというのは、それだけであれにとっては試練だ。それだけは味わわせたくなくて…跡目を譲る気はないと至上に奏上してはいるのだが…結局、至上のなさることに逆らうことはできぬ。全く、無力な父親だな…」
「陛下、そのようなことは…」
「しかし…」
セルディアスにそれ以上言わせず、天帝は笑い出した。
「やはり食ってかかってきおったな、皇子は。…ひとつも変わっておらぬではないか…」
「ならば何のための天帝か!…これもよく陛下におっしゃっていましたね、殿下は。…お諌めするのは私のお役目で…」
「そちがお控えなさいませと言ったら黙るのもな…。何一つ変わっていなくて、懐かしくてたまらなんだ。皇子と言い合いになるとそちが駆け込んできて…。だがいつも、皇子はそちの言うことだけは聞いていたな。予の言うことなど絶対に聞かぬくせに。そちに言われていたことは、身体が覚えているのだろうか…」
「それならいずれ陛下…お父上様のことも、思い出されますでしょう。お母上様に生き写しの方を奥方様にしておられるのですから…」
天帝は哀しげに微笑んだ。
「思い出さなくてよい。予のことを思い出せば…皇子は恐らく、壊れる…」
「陛下…」
「我が子が…たったひとりの息子が壊れるところなど、誰が見たいものか。…あれに跡目を譲らぬうちは、あれがすべてを思い出すこともあるまい。第一、あれは真の名を賜るまで、聖都にはもう来ぬであろう。それでよい。あれが今も…予や聖都をよくは思っていないことはよくわかった。それでよいのだ。天上のあやつも…許してくれよう…」
聞いているのがあまりに切なくなって、セルディアスはカーテンの中に入り、天帝を背中から抱きしめた。
「生きて…幸せでいてくれればそれでよい。予のことなどかまわぬ。海の民に愛される執政官として生きてくれればそれで…。わかってくれるな、セルディアス。予にとって、今は皇子の幸せがすべてなのだ…」
「わかっております。御意のままに、陛下…」
天帝が下がれと手で示す。セルディアスは頭を下げたままカーテンから外に出た。天帝が立ち上がり、白夜の剣を腰に提げたのが見えた。まだ執務をするつもりらしい。
「真の名を奏上してくる。海の執政官のな。…形だけでも奏上しておかねば、至上の機嫌を損ねよう…」
「かしこまりました。私は見習い達の教育にあたっておりますゆえ、何かございましたら…」
「ああ、わかった」
天帝は枕元に置いていた帝冠を頭に載せて、奥の扉から出ていった。複雑な気持ちで見送っていたセルディアスだったが、いつもより天帝の機嫌がよかったことに安堵して、寝室を後にした。
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