「…言霊のために幾重にも防御しておるのか…。天帝の奴、小癪な…」
 天上の水鏡でエシャールとレオニードのやり取りを見ていた至上は吐き捨てた。今回の聖都来訪で、皇子は自らの記憶を取り戻すはずなのに、いっこうに思い出す気配がない。レオニードという人格者が関わることで、言霊がより強固になっている。
「これではいつまで経っても皇子が宮殿に戻らぬではないか…」
 至上はマデレーナを抱いて中庭を散歩するエシャールを見ていたが、ふと何か思いついたのか、小さな声で呪いを呟き、ニヤリと笑った。

 その呪いに、最初に気付いたのはジークフリードだった。
 いつものように聖譜を記すために羽筆を動かしたが、その手がピタリと止まった。
「ジークフリード様?」
「あの…馬鹿者が…。地上の民に手を出すなと創造主にきつく戒められていたというに…!あの馬鹿者を呼んで参れ」
「は…あの…馬鹿者とはまさか…」
「そうじゃ、弟じゃ。至上じゃ。早うせい!」
 それまで記していた部分が少しずつ書き変えられていく。信じられない思いで羽筆を動かす。ジークフリードの意志とは関係なく動く羽筆。記されていくのは、地上の悲劇、天帝の苦悩…。
「…二度とこの部屋に入ってはならぬのではなかったのか?兄者」
 嫌味を言いながら現れた至上に、ジークフリードは怒りの光を向けた。それは至上が初めて見る、ジークフリードが激しい感情を表に出した時の顔だった。
「貴様アイーシャに…呪いをかけたな…?」
「気付いたのか。ああ、かけたとも。何故こんな簡単なことに気付かなんだのか、予も。もうすぐ…皇子は壊れるぞ」
「馬鹿者が!!」
 ジークフリードの怒声が聖譜の間に響き渡った。さすがの至上も驚いている。
「貴様がこの天上の至上の座を創造主から譲り受けた時、何と約束した?地上の民に直接手は下さぬという約束だったろう!何故アイーシャに直接呪いをかけたのだ!貴様のためにこの世が存在するわけではない!」
「アイーシャにかけた呪いは、天上人である皇子に降り掛かるものだ。地上の民ではない」
「その記憶が戻っていないのに天上人として扱われるわけがないだろうが!皇子は今はグロリアシーゼルであり、そしてグロリアシーゼルは地上の民だ!…貴様は禁を犯した…創造主より罰を受ける羽目になろうな…。この天上を揺るがす一大事を…至上自らが引き起こしおって!!」
 ようやく至上の顔色が変わった。
「皇子の記憶が戻ることは…定められていたことではないのか…」
「皇子の記憶はいずれ戻る。それは本当だ。だが、それは今ではない。貴様が無理に時間を縮めたせいで、天上にも異変が。…皇子が5歳の時に、一度殺そうとしたな?そして成人する頃にはまた人格を崩壊させて天帝の庇護から引き離したな…。何故そこまでして皇子を消そうとするのだ。シュレーシア・アイーシャの息子であろうに」
「皇子が…予の玉座を奪いに来るのだろう?予は聖譜をそう読んだぞ」
「愚か者めが…」
 ジークフリードは疲れ果てたように椅子に座った。
「蒼銀の子は…グロリアシーゼルではない。だが…貴様がそれを変えてしもうた…。もうよい。貴様の呪いは今更取り消せぬ…。取り返しのつかぬことを、しでかしてくれたな。ただ人ならまだ許し様もあるが…。至上である貴様は、許せぬ。眠りについておられる創造主をお起こしすることになろうとはな…。出ていけ。貴様が犯した罪の結末を…その目でようく見ておくがいい」
 その意志に関係なく、聖譜の間から追い出される。
『蒼銀の子はグロリアシーゼルではない…では一体、誰だと言うのだ…』
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