緑の月に跡継ぎが生まれたばかりの泉の都でも、即位式への支度が始まっていた。
「あなたはいいですよ、セアラ。私が支度しますから」
 ようやく念願の父親になれたリューラスが張り切っている。セアラは満腹で眠る御曹司を抱いて頷いた。
「執政官夫人の正装なんて初めて。若君はお義母様にお願いしてもよろしいかしら…」
 生まれて間もない御曹司を置いていくのは心配ではあるが、どうしたものかと二人で思案中だ。
「まだ2ヶ月しか経っておらぬし…旅に連れて行くのはな…。それにあなたが欠席というのもまた具合の悪い話。母上にお願いするしかないでしょう」
「そうね…あまり長居せずに戻ってくればよろしいわよね。お兄様にもお姉様にも久しぶりにお会いできるわ、うれしいこと」
 本当は兄に初めての甥となる御曹司を見てもらいたかったが、連れて行けば恐らく兄は怒るだろう。生まれて間もない乳飲み子を、埃だらけの街道に出したのかと。
「そうだな。義兄上にお会いするのは新年以来。楽しみだ」
 つい先日、アイーシャから書状が届いた。豪雨の間、兄が体調を崩して宇宙の宮で休んでいたこと、ゲディスが海の執政官屋敷で静養中であること、今は全員元気で毎日過ごしていること…。
 グロリアシーゼルから教わったのか、丁寧な文字で綴られた書状はセアラの最近の楽しみのひとつだ。もちろんセアラからも返事を書く。生まれたばかりの御曹司のことを事細かに書いて、アイーシャに助言をもらうのだ。
「しかしあの豪雨の間に、天帝陛下が天上にお戻りになられていたとはな…」
「本当に…。私は謁見したことはないけど、素晴らしい方だといつもお父様からお聞きしていたわ。皇子殿下もさぞやご立派な御方なのでしょうね」
「ああ。天帝陛下には謁見のたび、御助言をいただいてきた。新しい天帝陛下も、そうであってくれたらありがたいが…」
「代替わりされるなら、お兄様も少しは天帝嫌いが治るかしら…」
 呟いたセアラにリューラスは笑う。
「義兄上もいつまでも子供のようなことは申されまい。それに、即位式には出席されると義姉上も仰っているのだろう?」
「ええ。この間の書状にも書いてあったの。お兄様、出席なさるって」
 グロリアシーゼルがかつてのエシャールではないなどと、セアラには知る由もない。エシャールとカイゼルディアのかけた術は、今のところ綻びもなく機能していた。
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