エシャールが去った大広間に、安堵の空気が流れた。天帝がここにいるのといないのとでは、空気が違いすぎる。
 子供達もそれを感じていたのか、脱力したように座ったままである。
「この程度の時間でそんなに疲れていては、この先思いやられるな」
 グロリアシーゼルは苦笑して、子供達を促した。レオニードも笑っている。
「父上は、平気なのですか?陛下が目の前にいらしても…」
 苦笑されたのが気に入らなかったのか、セルディアスは口を尖らせた。
「平気かと言われると、実はそうでもない。蒼の陛下には、畏怖を感じている。代替わりをされてから、先代には感じなかったものを感じるようになった。毎回、軽く緊張はしていると思うが、お前達のようには疲れない。レオニード殿も、そうでしょう?」
「ああ…まあ、そうだな。ただ、陛下に面を上げよと仰っていただくまでは、絶対に顔を上げることができぬな」
「陛下の言葉は、言霊ですからね…」
 グロリアシーゼルは白夜の剣を片手に立ち上がり、腰に提げた。子供達も父に倣ってそれぞれ下賜された剣を腰に提げる。
「さあ、皆様。こちらからご案内いたしましょう」
 仕度ができるのを待っていたセルディアスが、重い扉をゆっくりと開いた。
「中庭でも愛でながら、お帰り下さいませ」
 頭を下げて、5人を送り出す。
『皇妃殿下…ご覧になっていらっしゃいますか…?』

 扉が開いた。アイーシャはじっと、入り口を見つめたままで…。
「セルディアス、ナデューラ…。ああ、大きくなったのね…」
 幼かった息子達が、凛々しく成長している。セルディアスは、自分に面差しが似ているだろうか。優しい顔をしていて、おっとりとした中に芯のある性格が見え隠れしている。やんちゃだったあの子が、海の次代として認められるほどの御曹司に育っていたとは。
「あんなに小さな赤ちゃんだったのに…ナデューラ…」
 まだ、つかまり立ちさえできない乳飲み児だったナデューラ。何度も抱いた感触を思い出してはアイーシャは泣いていた。
 その日々を忘れさせてくれるほどの、子供達の成長ぶり。これほどの喜びは、ない。
 ゆっくりと去って行く子供達が見えなくなるまで、アイーシャは微動だにせずじっと見つめていた。背後にエシャールがいることにも気付かずに…。
「もう、いいか」
 遠慮がちにかけられた声に、涙で頬を濡らしたまま振り返る。エシャールは微笑み、その涙を拭った。
「大きくなったな、二人とも。それぞれにいい子に育っていた」
「あなた…」
「…本当は、大広間に連れて行きたかったのだがな…。許せよ」
 アイーシャは首を横に振った。そしてエシャールにしっかりと抱きついた。
「いいの。ありがとう。あなたがどんなお気持ちでいらしたか、わかっていますから」
 妻の言葉に微笑んだエシャールだったが、突然声色が変わる。
「ここを教えたのは、セルディアスだな…。なるほど、よう見えるわ」
 アイーシャは慌てた。これではセルディアスが罰せられてしまう。天帝に内緒で奥にいるはずの皇妃を表に連れ出したとあっては、罪に問われるのだから。
「あなた、セルディアスは…」
 言葉は、続かなかった。エシャールが笑顔だったから。
「予にできぬことを、してくれたのだ。感謝している。これでよい。そなたも、気が済んだろう?」
「はい…」
「さあ、戻ろうか。子供達の明日が輝くように、言霊を操った。父上にも奏上しておかねばな」
「はい」
 差し出された右手は、出逢った頃と何も変わらない。優しく、温かかった。
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