苛々としながら部屋で煙草を吸っていたジュリアスだったが、玄関が騒がしくなったので母が帰って来たのだと思い、下におりた。
「母様、おかえりなさ…い…」
 クレスティアの隣に、ゲノアがいた。ジュリアスは、クレスティアがもしかしたらゲノアを連れてくるのではないかという嫌な予想を一応してはいたのだが、それが当たって露骨に不愉快そうな顔をした。
「ジュリアス、ゲノア元帥も夕食に招待したのよ。…いいわよね?」
 使用人達の中には、事情を知らない者もいる。それをわかっているからこそ連れて来たのだとジュリアスは悟った。ジュリアスの上司、アドラールの元部下だと説明すれば使用人は納得するだろう。
「…母様の、よろしいように」
 ここでジュリアスが席を外せば使用人が怪しむ。ゲノアを実父だと絶対に知られたくないジュリアスが外すことはしないだろうとまで踏んでいる。母の意外な計算高さに、この人も頭のいい人だったと冷静に分析できる自分がいた。
「そう。よかった。夕食を一人分追加してちょうだい。今からいいかしら?」
「もちろん結構でございます。今夜は少し賑やかでございますね、クレスティアお嬢様」
「ええ、本当に」
 昔から仕えているジェシカがクレスティアに笑いかける。クレスティアとゲノアの悲恋を知っているジェシカとしては、『大切なお嬢様』が嬉しそうなのが自分のことのように嬉しいのだろう。ジュリアスはそんなジェシカの言動さえ苛立った。
「母様にはお味方が多くて、うらやましい限りですね」
 ジュリアスが珍しくクレスティアに捨て台詞を残して2階に上がってしまった。
「…ジュリアス様…。お嬢様、私、余計なことを申しましたでしょうか…?」
「いいえ、いいのよ。あの子にも機嫌の悪い時だってあるんだから。気にしないで支度してちょうだい。…ジェシカ、このことはお父様には…ね」
「ええ、もちろんわかっております。侯爵様には何も申し上げません。ではご用意いたしますので」
 ジェシカが去り、クレスティアはゲノアを応接室に案内した。一部始終を黙って見ていたゲノアだったが、二人きりになったところで再び口を開いた。
「ジュリアスがあんなことを君に言うなんて…」
「いいの…。あれは本当のことですもの。使用人達の中には父の言うことしか信じない者もいて、あの屋敷でジュリアスが心を開いていた者なんてほんの1〜2名。執事と、あの子が生まれた時から世話をしてくれていたアリスくらいよ。下手にジュリアスを構えば父の不興を買うから、ジュリアスに優しい使用人も少なかったし…。それでもね、私がいれば、私があの子を守ってやればいいんだと思っていたの。私が言えば使用人達はちゃんとジュリアスの世話をしてくれたし…小さな間はアリスだけがついていてくれればよかったもの。それでも幼いあの子の心の傷は、深くなる一方だったのね…。こんなところで知らされることになるなんて、思いもしなかった…」
 気付かないふりをしていたのかもしれない。抱きしめていれば、それで息子は救われるのだと思い込もうとしていたのかもしれない。
 今も夢に出てくる、5歳のジュリアスから決別を告げられた日のこと。どうしてあの時にジュリアスを抱きしめてゲノアの元へ走らなかったのかと、ずっと後悔してきた。
 その後悔が今、限界に達しようとしている。
「なあ、クレスティア。…夕食の後、ジュリアスと話し合わないか。3人で」
「あの子が…聞いてくれると思う…?」
 ゲノアの方を向いた拍子にクレスティアの頬を涙が滑り落ちた。いたたまれない気持ちでその涙を拭ってやる。
「頭のいい子だ。大丈夫。それに、君の言うことなら、最終的には聞いてくれるんだろう?」
「…そうね…」
 クレスティアが頷いたところで、ドアがノックされた。
「クレスティアお嬢様、ご夕食の支度ができましたよ」
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