ジュリアスの指摘に、男の身体が硬直した。ジュリアスはサーベルを男の頬にヒタヒタとあてた。
「…ここまで隠し果せたものを、何故私に指摘されただけで曝すのだ。腑抜けか、貴様は。シラも切れぬようなら最初から手を出さねばよいものを。…誰に頼まれた。皇宮側の、誰に頼まれたんだ」
「何故…皇宮側と…」
「この帝国では、皇帝家のスキャンダルを書くことはタブーとされてきた。自殺行為とも言えるな。皇帝家の威厳を守り続けるためには、包まれ、大切にされねばならぬこともある。それをわざわざ暴いて、臣民始め世界中に知らしめるとは何事か。…しかも今回槍玉に上がった皇女殿下は、実の母上も亡くなられ、後ろ盾ひとつない御方。心許ないままに必死で皇女としての務めを果たそうとなされている健気な御方を、これ以上好奇の目に曝すわけにはいかぬ。今回の関係者には、すべて厳罰をもって処するつもりだ。場合によっては、死罪も有り得る」
 男は青ざめた。死罪、の一言に。ジュリアスを見上げれば、何の感情も見えないアメジストの瞳が見据えてくるばかり。だんだんと空恐ろしくなってきた男は、サーベルに頬を切られながら椅子から落ちて土下座した。
「お、お許しくださいませ、若様!この屋敷に勤める者として、決して他人に明かしてはならぬと侯爵様からもきつくお達しがありましたものを…。私はただ…頼まれただけなんです…。セイジェル中将に弱みはないかと。お父上が一体誰であるのかと…。風評だけでは記事にはならぬ。証拠が必要だと。屋敷でもらえる給金の3倍を提示されました。私は…お父上がどなたであるとは一言も申しておりません。ただ…若様の戸籍には父親の名前はないはず、若様の戸籍を見ればわかると…それだけを…」
「…貴様今回の騒ぎの根底にあるのは何か知っているか」
「根底…でございますか…?」
 ジュリアスはサーベルに付着した男の血を男の肩で拭い、曇ってしまった部分を忌々しげに眺めた。
「皇女殿下を…グレイス・マデリーン様を快く思わぬ者が、畏れ多くも皇女殿下を陥れるために張った罠だと私は思っている。残念ながら、皇女殿下には確固たる後ろ盾がない。御自身にはどうしようもないことになっていることだろう。もしこのまま騒ぎがおさまらぬようなら、修道女にでもされるかもしれぬ。もしくは他国へ嫁がされるか…。いずれにせよ、皇帝陛下から引き離され、臣民の手の届かぬ場所に追いやられるだろうな。貴様がやってしまったことで、この先がおありになる皇女殿下の未来を潰すのだぞ。臣民の人気者である皇女殿下をな」
 情報さえくれれば後は何も知らぬ存ぜぬを通せばいい。お前に迷惑がかかるようなことはしないし、ジュリアス・セイジェルもそこまで追及する時間もなくミストに戻るだろう。
 自分を唆した人間は、そう言って大金を手にのせてきた。ジュリアスの追及さえ逃れれば、決して他の者に怪しまれることもあるまい。そう思ってここまできたのに。
「誰に、頼まれた。言え。ここで命を落としたければそれもいいが、貴様にも家族がいるだろう。弁明せずに、死ぬか?」
 再びサーベルの切っ先が喉元に突きつけられる。男はあまりの恐怖にギュッと目をつぶり、何度も首を横に振った。
「皇后陛下のお傍にいる侍女だと…そう、名乗りました…。名前は言えぬ、だが皇后陛下の傍近くにお仕えする者だと」
「…皇后陛下か…」
 ジュリアスはサーベルを鞘におさめた。何故、皇后が…?
『確か皇女は皇后には可愛がってもらったと言ってなかったか?生まれて間もなく母上を亡くした皇女のことを憐れんで育ての母として愛してくれたと…。自分の娘の方がかわいくて、臣民の人気者となってしまった皇女を…と、いうことか…?だとしたら…皇女は…』
 煙草を銜えようとしたところで、ロイドがノックして入ってきた。
「閣下、ゲノア元帥閣下が…おみえです。皇女殿下と閣下の処遇を、伝えにきたと…」
 ジュリアスの表情が少しだけ変わる。だがそれはほんの一握りの人間がわかる程度の変化で。
「ゲノア…?どこにいる」
「伯爵邸に」
「わかった。そちらに行こう。…ロイド、この男の身柄を確保しておけ。これが裏切り者だ」
「かしこまりました」
 部屋を出ようとしたところで、ジュリアスは一旦立ち止まる。
「ロイド、いつでも車を出せるようにしておいてくれ。…それから、応接室には誰も近づけるな」
「はい、かしこまりました」
 車の注文には少し首を傾げたが、ロイドは男に縄を打ちながら頷いた。
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