ジュリアスは皇帝に向き直り、言った。
「皇帝陛下、では今回のことは、どのように収められるのですか。私の出自のことや、グレイスの今後の身の振り方も臣民には伝えねばなりますまい」
 皇帝に、自分のことを名前で言ってくれる。ジュリアスがグレイスのことを婚約者として扱ってくれているということなのだ。それがわかって、グレイスは嬉しい。
「そうじゃな…。長官、今回のことについて、予から臣民に直々に言葉を伝えたいが、用意してくれるか」
「かしこまりました、陛下。すぐに手配をさせていただきます」
 長官が心得たようにすぐに動き、事態が飲み込めないグレイスが軽く不安げな顔をする。
「ジュリアス様、私はどうしたら?」
「そうだな…セイジェル家の母の許で花嫁修業でもしてはどうだ?知らぬ間柄ではないだろうし、母も喜んであなたに貴族の決まり事を教えてくれるだろう」
 皇宮からは離れさせておきたい。皇后が、ここにいる限りは。
 ジュリアスの気持ちがわかったのだろう。皇帝は頷いた。
 皇后をどこかに閉じ込めたりしては、どこから怪しまれるかわからない。皇后を皇宮に置いて、グレイスを、それこそ花嫁修業と称してセイジェル家か離宮の皇太后の許に預けるのが最上の策だと思った。
「ならば離宮に暮らして、セイジェル家に通ってはどうだろうか、グレイス。これから家は違っても、中将のご母堂とは長い付き合いをしていかねばならぬ。今のうちに、ようく気に入られておきなさい」
「まあ、お父様ったら…」
 幸せそうな玉座の周りと打って変わって、皇后は絶望に襲われながら必死に保っていた。
 ジュリアスがレーヴェンローデ公爵家を継ぎ、グレイスが嫁ぐ。海軍元帥となってミストに戻るジュリアスに、この先海軍の中に敵はないだろう。
 またアルトワに、アルトワの血筋に幸せを奪われていくのか。グレイスの笑顔を見ているのが耐え切れない。
「何故…グレイスだけが…お前だけが…」
 小さな呟きを、ジュリアスは聞き逃さなかった。皇帝と楽しげに話しているグレイスに気付かれないようにリスティに合図を送り、皇后を黙らせる。
「大人しくしておいた方が身のためですよ、皇后陛下。閣下は皇女殿下にあなたのことは一言も言ってない。優しい養母のままでいたいでしょう?ここで口を出したら、皇帝陛下は今度こそ、あなたの命を…と、仰せになりますよ。いい加減にしなさい」
 いつになく低い声でリスティが言うと、皇后はとうとう観念したのか、ようやく席を立った。だが…。
「ところで。教えてくれてもいいのではなくて?中将」
「…何をですか、皇后陛下」
 ジュリアスは訝しげな顔で皇后に視線を投げる。
「あなたの父親。…知らないわけではないのでしょう?」
 曇るジュリアスの表情に、誰もが焦る。何故ここでそれを言うのだ。
「お母様…」
「妃、そのようなことを今言わずとも」
「訊きたいでしょう、あなた達だって。ジュリアス・セイジェルが一体誰の子なのか」
 開き直ったか…。ジュリアスはサーベルに手をかけながらグレイスをリスティの方に押した。
「リスティ、グレイスを外に」
 ジュリアスの言葉が終わるより先に、リスティはグレイスを抱えるようにして大広間を出て行った。バタン、と扉の閉まる音と同時に、ジュリアスがサーベルを抜いた。
「懲りぬお人だ…。何のために、グレイスに一言も言わずにおいたと思うのだ。皇帝陛下が何とか収めようとなさっておいでだし、私としてもグレイスにこれ以上傷ついてほしくないから黙っておいたというのに」
「今更…。グレイスはわかっているはずですわ。私がいい母親じゃなかったことくらい…」
 サーベルが皇后の頬にあてられる。女官長はこれまでと悟った皇宮庁長官が取り押さえていた。
「それでも、あなたのことをお母様とちゃんとたてていたでしょうに。居心地は悪かったかもしれない。だが、そんなことは一度も、それこそ皇帝陛下にも漏らさなかったはずだ。…よほど、私のサーベルの錆になりたいらしい。私の母も、大切なグレイスも傷つけて…よくも…」
「ひっ…」
 耳許で、ザクッという音がして、急に頭が軽くなった。足許を見てゾッとする。
「か…髪…。私の髪が…」
 これでは整うまで人前に出る事はできない。頭を抱えて、皇后は玉座の奥にある扉から走り出ていった。
「…早くこの髪を片付けて。グレイスには見せられぬ」
 女官長はジュリアスを睨みつけたが、皇后の恥をこれ以上曝すわけにもいかず、床に散った皇后の髪を集めて出て行った。
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