衝突した車から、男が一人降りてきた。さすがに衝撃ですぐには逃走できないでいた。
 ジュリアスは車から飛び出し、男にサーベルを突きつけた。
「海軍元帥レーヴェンローデ公爵だ。何の目的で離宮のまわりをうろついていたのか、そして我々から逃走したのか、説明してもらおうか」
 コーデルが男の後ろにまわり、その両腕を抑える。いきなり発砲でもされてはかなわない。
「…見回りだ」
「見え透いた嘘をつくな。嘘をつくならもっとうまい嘘をつくんだな!何度となく陸軍からの追跡を逃れていたくせに、見回りとは笑止な!」
 何度も逃していたコーデルとしては、悔しくてたまらない。もっと早くこうして捕えることができていれば、ジュリアスにわざわざ帝都まで出てきてもらうこともなかったのだ。捕えてからジュリアスに報告ができたのに。
「見回りだ」
 男は不遜にもそう言い続ける。ジュリアスは男の物言いに奇妙なものを感じながら、周りに目をやった。街灯に衝突などさせたせいで、市民が驚いて出てき始めている。
「コーデル、とりあえずこの男を連れて離宮に戻ろう」
「…離宮は…勘弁してくれ…」
 ジュリアスの言葉に男が顔色を変える。ジュリアスはそれに気付き、ニヤリと笑う。
「離宮では何か困るのか?どちらにせよ、ここからすぐに行けて取り調べができそうなのは離宮か皇宮庁なのだ。陸軍の詰所に向かう。ロイド、お前この車をどうにか処理してから追いついて来い。コーデルの車は私が運転する。コーデルはこいつをしっかり確保しておけ」
「はい。あ、ロイド大佐、この車は陸軍で接収するので陸軍の者に連絡してくれ。私の副官でいい」
「了解しました」
 ジュリアスはすぐに車に乗ろうとして、野次馬達に呼びかける。
「海軍元帥レーヴェンローデ公爵だ。騒ぎを起こして済まない。すぐに撤収するので道を開けてくれ」
 間もなく帝国を挙げての慶事の主役となるジュリアスがそう言うと、人々は口々にジュリアスに祝いの言葉を投げかけつつ道を開ける。
「公爵様、皇女殿下とのご結婚おめでとうございます」
「おめでとうございます公爵様」
 これが始まるとなかなか動けなくなる。ジュリアスはこれに毎回辟易するのだが、それでもこれに応えてやらねばならないのである。
「ああ、ありがとう。車を動かすぞ、頼むから開けてくれ」
 さすがに何ヶ月もこの状態が続くと、扱いもうまくなってくる。エンジンをかけるとすぐに道は開けられた。そこは『氷の司令官』だった頃の評判もうまく働いているのだろう。
「閣下の逆鱗に触れぬ程度にうまく引き下がりますね」
 コーデルは男をがっちりと抑え込んだまま、その様子を見ている。
「一度、軍務大臣と皇宮庁長官が声明を出してくれたからな。皇女殿下の御降嫁は確かに帝国を挙げての慶事だが、レーヴェンローデ公爵は海軍元帥という職務が一番大事だからと。だからレーヴェンローデの職務を邪魔するような真似はするな。怒らせると怖いから、とな…」
「ああ、あれですか。存じております。閣下を怒らせると怖いなど、臣民は知りませんからね。…私など、初日から泣きましたから。…お前、閣下の尋問を受けて正気でいられる自信がないなら、今からでも遅くない。白旗を掲げておくのだな」
 だが、男は決して首を縦には振らない。
「…楽しみだな」
 ジュリアスの笑いを含んだ低い声が、コーデルには心底恐ろしかった。
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