「見回りってのは本当だ。決して皇女殿下を狙って何かしていたわけじゃない」
 男はジュリアスに対してぞんざいな口調のままで白状し始めた。
「…コーデルの言うところによれば、皇女がセイジェル家に行かない日だけ、離宮に現れていたそうじゃないか。貴様はどこから皇女のスケジュールを手に入れていたんだ?」
「それは…」
 口籠ると、ロイドが電話に手を伸ばす仕草をして見せる。男は慌てた。
「言う、言うから投獄は勘弁してくれ!…侯爵家から、情報をもらっていたんだ…。御降嫁前の皇女殿下に何かあっては大変だから、不審な動きをするような者はいないか、見回ってくれと頼まれて…」
「侯爵家…?セイジェル侯爵家からか?」
「そうだ。…セイジェル侯爵本人から…依頼されたんだ…」
 室内の空気が凍り付く。ジュリアスの前で、アドラール・セイジェル侯爵の名前は禁句なのである。途端に不機嫌な顔をするジュリアスに、男は更に続けた。
「皇太后陛下にも、レーヴェンローデ公爵にも決して知られずに、皇女殿下をお守りせよと…。そう、依頼された」
 あのアドラールが、わざわざ人を雇ってグレイスの身を案じていたということなのだろうか。
「あのご老体がか?貴様冗談も大概にしろよ」
 訝しげなジュリアスに少々怯えながら、それでも男は首を縦に振った。何度も。
「本当なんだ。侯爵に直接訊いてくれてもかまわない。…これが侯爵からもらった皇女殿下の予定表だ。御降嫁の日まで、俺が見回るべき日が記載してある。ちゃんと署名まであるんだ。これで信じてくれるだろう?」
「…」
 受け取った紙には確かにグレイスがセイジェル家に行かない日が書いてあった。そして右下には、アドラールの署名。何年振りかで見た、祖父の筆跡。
「貴様、名前は」
「…ヴェスティ。ジョナサン・アドラール・ヴェスティ。あんたの祖母方の人間だ」
「ヴェスティ男爵家の人間か。何故またご老体が貴様に…」
 皇帝にアドラールの過去の大恋愛の話を聞いてから、一応祖母の出自は調べておいた。確かに実家はヴェスティ男爵家。セイジェル家に祖母が嫁いだことで何とか貴族としての体を保っている家だという。
「わざわざ、出向いて来られた。皇女殿下が御降嫁になるまでの間、陸軍も護衛に入ると聞いているが、手薄なところが必ず出る。そこをお前が車で見回ってくれと。気付かれているのは知っていた。それだけ護衛に力を入れているということになるのだし、とにかく捕まるなとだけ言われていた。皇太后陛下にも、レーヴェンローデ公爵…孫にも、決して気付かれずに御降嫁の日を無事に迎えられるようにって…」
「…勝手なことを…」
 何が孫だ。23年間散々無体なことをしておいて、よくも言えたものだ。ジュリアスは苛々としていたが、それを決して表には出さなかった。
「貴様、セイジェル家に付き合え。…コーデル、真相は先程の通りらしい。これまでどおりグレイスのことを頼む」
「かしこまりました。では私は任務に戻ります」
「ああ。…ロイド、お前は車を手配しろ」
「はいっ」
 煙草を灰皿に押し付ける。酷くやり切れない気分だった。
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